スーツさんのエスカレーター論って?

瞳の鬱(うつ)日記 ああ、北海道行きたい。帰りたい。

 こんばんわ。瞳です。スーツさんの動画観たんですが、エスカレーターの話。関東などでは、従来、左側に乗って、右側開けておくんだった。確か。いつも伊丹から羽田に着いたとき一瞬というか、(どっちだっけ。)になるんですが。

 これ、名古屋辺りで変わるみたいで、それより西側の大阪では右側に立って、左側を開けておくのが一般的な慣習。

 さて、最近、エスカレーターでは「並んで立ち止まりましょう」になってるんですが、動画によると、安全の確保と同時に機械の偏摩耗を防ぐ意味もあるらしい。

 でもね。わたし、これ大反対。

 どっちか空けておくべきです。エスカレーターの段差は大きいので、普通の階段のように登っていくのはしんどいのですが、(杖生活の前のときでも。)やっぱり、急ぐ必要のある人はいるわけです。

 誰がしくんだ・企んだこの動き

 いや、言ってること、つまり安全のため、「立ち止まって乗りましょう。」は確かに正論ではあります。

 でも、よく似ているのが、道路の制限速度と同じ。

 わたし、地元の警察に睨まれているからきっちり制限速度かそれ以下で走ってるんですが、たちまち後続車に追いつかれてしまいます。幸い、原付ですから、すぐに脇によって先に行かせるんですが、一般の乗用車だとこれは難しい。

 つまり、制限速度というのは、一般市民、国民を管理するためのものです。はっきり言えば。

 反則金を取るためだとか言いますが、それも確かに事実らしいんですが、それよりも、管理社会の一環を成す機能です。

 話戻って、このエスカレーターの立ち止まり運動、とか、駅の黄色のラインの内側を守る運動とか、なんか嫌な気配を感じます。

 「車両とお客様が接触する事故がありましたので~列車に遅れが生じております。」というのが不自然に急に増えました。これ、いわゆる人身事故ではなくて文字通り、ホームで接触しただけのこと。(死亡事故なら一時間は動かない。)

 もちろん、黄色のラインからはみ出るのは危険です。(危ないなこれ。)というのは、わたしもずうっと前から、子どもの頃から思ってました。大阪府柏原市に堅下駅という近鉄の駅があるんですよ。ここ、ホームが狭いのに、直線区間が続くので特急が120km/hで眼前を通過します。これかなり怖いです。

 でも何で今頃、急に注意喚起が増えたの。

 (注意:わたし、子どもの頃、近くを走る近鉄線での列車事故を多数目撃しています。保線作業員の方が、接触して、頭が割れて脳が見えている事故も目の当たりにしていて、列車が一見ゆっくり走っているように見えるときでも、その運動エネルギーのすさまじさを目の当たりにしています。だから、基本、この注意喚起は賛成なんです。)

 しかしね、今、急ピッチでホーム柵の設置に莫大な予算が投入されていますが、これもなんか違和感覚える。

 なんで、もっと前からやらなかったの。

 ただね、大阪万博に向けた動きならいいんだけれど、なんか安部政権時代に制定された元号「令和」に感じる印象。つまり、戦前の軍国主義のような国民支配・国民管理の動きのような気配がするんです。

 つまり、政府・官僚は前の記事でも書いたけど、なんか企んでるよ。これ。

 管理社会では、一見もっともで、いいことで、国民、一般市民をだんだん支配、コントロールしていきますからね。権力の常套手段。

 で、話戻ってスーツさんなんですが、動画では関東では空けておく右側に陣取ったそうです。敢えて。で、後ろからおじさんに抗議の視線を受けたそうですが、そりゃそうだよ。

 エスカレーターで両側立ち止まったら、まったく動脈硬化状態じゃない。

 そのとき、スーツさんは左側の隙間に入れてもらって平和的に振る舞ったそうですが、そもそも、何で、前の動画の新幹線のリクライニングの件もそうだけど、なんでわざわざそんなことするのよ。

 意味の無い自己主張です。「日本国民の模範となりましょう!」って書いた襷(たすき)かけてるようなもんだよ。70年大阪万博で、実際にこれをしていた人たちが、記録映画に出ていました。

 

 スーツさんの視聴者は50代付近の大人が多い

 らしいです。

 ちなみに、わたしのブログ読者も40代から50代の年代の男性の方が多いらしいです。わたし、もっと女性の方が多いと思っていたんですが、まあ、スクリプトオフの読者はアナリティクスでは分かりませんので、当てにはならないグーグルのデータではあります。

 えっと、だから何言おうとしてたんだっけ。今日は疲れてます。また続き書きます。

 

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