あ、賞なのネコ・飛行機に喜ぶ

瞳の鬱(うつ)日記

 こんばんわ。瞳です。この時期、先日の行動展の結果関連の記事確認のために、読者のアクセスが増えるんですが、何故か今回は全然ですね。

 実は、わたしもそれほどプレッシャーとかは無くて、審査などは、おそらくわたしが名古屋に行っていた土曜日には、すでにはやくもおおよその大勢が出ていたと推測していて、賞候補も決まっていたのだと思います。

 わたしは、まったくの初出品でしたし、会員(最高位)の先生のコネも全く無い状態。全く無名の新人。だから、まるで期待はしていなくてお気軽状態。帰ってきた作品を、二紀展にでも回すか、とか思っていたんですよ。

 作品選考というのは、二紀展の先生のよれば、審査は3日間に及ぶようなことを聞いたような気がします。まあ、二紀展は400人以上も入選させますからというのもあるのでしょう。

 で、行動展のネットでの入選発表が13日水曜日でした。

 でも実は、まったく閲覧するのにドキドキは無かったんです。

 というのは、11日月曜日の夜8時半頃に、買い物に出ている間に電話がありまして(留守電・知らない番号)、(ああ、やっと任用依頼か。)とほっとしたわけです。

 というのは、こういうちゃんとした相手からの連絡は、まず家電にかけてくる。こんな場合は、ちゃんとした相手。ちゃんとした相手はまず家電にかけてきます。家電に着信があって、スマホにも着信がありましたから(家電の留守電はoffにしてます。)、てっきり、どこかの校長からの依頼電話だと思ったんですよ。

 着信もスマホだけで3回もあって、(おお、緊急らしい。)というわけです。で、留守電にメッセージが入ってまして、さっそくチェックしました。

 そしたら、なんと行動展の会員(会の最高位)先生からでした。

 兄貴(叔父)のときのこのパターン覚えがあります。こういうのって受賞通知なんですよ。

 受賞のときは、一般に入選等が発表になる前に、事前に当人に電話連絡があるんです。

 わたし、(しばらく、え?)状態。嬉しいとかいうより、(普通はあり得ないのよ)。

 わたし、この、美術界、画壇の世界というのは、二紀会で、散々裏側を観てきましたから。

 「賞なんて、情実なのよ」

 って、記事が過去記事に書きました。まったく二紀展の場合はそうなんです。

 これ、どうしても、組織運営上、ある程度どうしようもないこと。

 委員(二紀会の最高位・最高位は会によって会員だったり、委員だったりややこしいですが、美術団体の基本は4段階です。大体下から、一般・同人・会友・会員の4段階になります。呼び方が変わるだけで、それぞれ読み替えてよみます。)

 さて、二紀会の場合、完全な少数の委員を頂点としたヒエラルキーによるピラミッド構造で、それぞれの委員が派閥を持っており、その力関係で入選、入賞が決まります。

 一応、選考には多数決の形をとっていますが、話を聞くと「ああ、これ、わしのところの人間ですねん。」とかいう文言が飛び交い、いろいろあるらしいです。

 最近の入選倍率は、どこの団体でもそうですが、少子高齢化の影響で、まあ、出せば通る。に近いです。二紀展でも現在は推測で2倍は無いと思います。

 さて、委員は高齢者が多くて、我が師匠も事実上の引退状態です。さらに、この委員が亡くなってしまった場合は、派閥の人たちは悲劇です。これを、二紀会では「タイタニック」とよびます。つまり、委員という『派閥の領袖(りょうしゅう)』を失うと、その先生の派閥に属していた人たちは悲劇です。昔の入選すら難しかった時代では、まったく入選もできなくなってしまったそうです。

 そして、現在でも、二紀会での入賞は、大体いわゆる派閥同士の政治で決まります。つまり、はっきり言えばコネ。(しかし、それでも旧日展での入選100万円、入賞1,000万円。若い女性は体を求められる場合もある。よりははるかにマシではありますが。)

 

 またさらに、二紀会では昇級においても準会員(同人から呼び名を変更した)にやっとなっても、それからがまた長い。人によっては、というより、この階級で終わる人が大半です。

 だから、わたし、高校の教え子で、本格的な美術活動を目指す子には、「二紀会は絶対やめとけ。」 と言います。

 そういうわけで、わたしの2年前の二紀会への出展も、わたしの本名だと全くの新人ですから、叔父の名前で出したわけです。それで、S50号の小さな作品でも入選したのだと思います。

「無名の新人の初出品・初入選、初受賞」

 わたしの場合、行動美術会には知り合いの先生は全くいません。兄貴(叔父)が習った先生はとっくの昔に引退していました。さらに、兄貴はもうこの世にいません。

 だから、まったく無名の新人であるわたしが、賞を頂くなんてことは。・・・二紀会の裏側をずうっと観てきたわたしには、この事実は信じられないわけです。実は今も。

 わたしが頂いたのは、新人賞ではなくて奨励賞だそうです。例の自称美術作家の先生も二紀会で奨励賞を受賞していて、これは、師匠の大学定年退官引退祝いのおこぼれで受賞しました。これ、悪口じゃなくて、本人もそのことは十分に分かっているはず。というのは、このとき同じ大学の他の出身者も同人(当時は同人という名称)推挙になりました(何十年も底辺の一般だった方)。二人揃って同時というのは、ねえ。何か見え見え。ちなみにこの時期、兄貴(叔父)は、師匠と仲たがい状態で、二紀展はやめていました。

 二紀会は大きい組織です。しかしながら、行動美術会も在野系団体の4強の強豪です。今、ボーッとしてます。よく分からないんですよ。後で、やっぱり受賞駄目になるんじゃないかとか。いろいろ心配になってくるし。

 旭川のあの子が手伝ってくれました。おかげでいい作品が出来ました。でも、あの子はこのことどう感じてるんだろう。

 続きます。

 

 

 

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