春日若宮おんまつり・今年は行けた・(本一冊分のエッセイ。長いです。)
おはようございます。瞳です。
風邪ひいたんですが、咳が酷くて大変でした。寝ていても寒くて、トイレに行くのも寒くて辛い。熱はもそれほどでもなくてよかったんですが。コロナではないらしい。それは幸い。
原因なんですが、春日若宮おんまつりに行ったからです。
むちゃくちゃ寒かったんです。倒れるかと思った。
寒かったのは、17日夜の御旅所祭。
南都楽所の「蘭陵王(らんりょうおう)」が観たかったんですよ。何年も観てません。この蘭陵王(らんりょうおう)は南都楽所が一番。
特に、春日若宮おんまつりの御旅所の大太鼓での演奏は他では観られない。
春日若宮おんまつり
この御神事は、古都奈良で行われる年内最後のお祭り。
観光では、昼間のお渡り式の、古代装束の行列などが有名なんですが、本命、本領、本来の神事は、日暮れから深夜午前0時までに行われる御旅所祭です。
わたし、春日大社の近くの奈良教育大学におりましたから、毎年、行っていたんですが、いろいろ若宮様のご神前をお騒がせするような、映像撮影とか観客同士のゴタゴタとかやらかしまして、ここ最近は、出入り禁止状態。これは、多分若宮様のお仕置き。
とにかく、都合がつかないとかいろいろあって行けない。
これは、長年の悪さのお仕置きだなとか思い当たりまして、でも、今年、16日深夜から17日まで、何か行けそうな気配。
というのは、15日から南からの暖かい大気が列島にやってきて、気温が高い。
で、これは、若宮様のお許しがようやくでたかな。
と、17日深夜から始まる「遷幸の儀(せんこうのぎ)」というご神事に行くべく、とりあえず、オンボロPCXで恐る恐る出かけてみました。
過去の経験上、防寒対策は過剰なまでにしておかないと、片道1時間以上で、凍え切ってしまいます。
でも、ヒートテックとオバチャンコート。コーナンの安物中国製の防寒ズボンだけで出かけてみたところ、防寒グローブはすでにもって無くて、軍手にゴム手袋だけだったのに、それほど寒くもない。
おお、これは行けるかも。
やばそうなら、途中で引き返すつもりでしたが、無事、春日大社までたどり着きました。
おお!若宮様ありがとうございます。
それにしても、なんとまあ、懐かしい途中の道のり。数年前までは、夜に奈良市内のアトリエに制作で通った道。
バイク、どこに置く?
これも実は心配事でした。適当な所に置けばいいじゃないとお思いでしょうが、御神事において、そんな不埒なことはできない。
ここは、バイクだからと適当な場所に置いてはいけませんよ。普段、奈良公園観光で、適当な場所にバイク置いてる人多いのだけれど、ちゃんと駐車場に入れましょう。駐車場にはバイク用の場所もあります。
「遷幸の儀(せんこうのぎ)」とは一切の騒音、光は御法度。(とはいえ、DQN車が愚劣な爆音を響かせながら遠くの道を走りまわったり、最近の明るすぎる車のLEDライトが届いてしまうのですが。)
大学生のときは、大学に止めておくか、或いは、奈良市内にアトリエがありましたので、徒歩で行けたわけですよ。今では夢のような環境。でも、今回はどうしたものか。
で、直前に思いついたこと。バイクは歩行者になれる。エンジンを切れば。そして、バイクを離れなければ。
そうでしたよ。これが唯一原付のメリット。
で、御参道には入らず、近くのバス停(バスは終了時間)で止まって、待ってました。
迷惑車・罰当たりな連中
例によって、必ずいます。こういった連中。
なんと、御参道に車で乗り入れて、参道脇の遊歩道に駐車している連中。一般大衆ってなんでこうなんだろう。自分だけはいい。ってわけです。以前、学生の頃、トラブルというのは、こういった不埒な連中を注意しまくっていたわけです。
で、今回も、わたしがバス停にいると、軽自動車がやってきて後ろに止まる。時間は午前0時15分頃、この時間はそろそろ若宮様がお渡りになる頃。
周りは真っ暗闇。街路灯も自販機も何もかも消灯。でも、その車のライトで御参道が明るく照らされてしまいました。
すると、だれもいないと思っていたんだけれど、近くの暗がりに春日大社の関係者の方がちゃんといたらしく「ライト消して下さい!」と大声で注意しました。20メートルくらいは慣れた場所から。
気がつかなかったけれど、けっこうたくさん、暗闇に係の人がいるらしい。
でも、その軽、ライトを消さない。
わたし、急いで、すかさず、その軽に近づき、「神様がお通りになるから、ライト消して!」と注意する。
その軽に乗っていたのは、言っては悪いがFラン大学の女学生4人組みたいな感じ。奈良教育大とか奈良女子大の連中ではない。多分、軽に4人ですからね、近くに宿がある旅行者かな。観光ガイド観て、お気楽に見物に来た感じの連中。
で、注意したわけですよ。春日大社の係の人は、わたしに注意を任せた様子。
でも、ライト消さないのよ、この連中。
で、わたし、同じ事何度も繰り返して言う。どうも、意味が分からないらしい。
「消してます。」と答えるんですよ。でも、消したのはヘッドライトだけ。ハーフライトやらいろいろその他はつけっぱなし。
教養があれば、伊勢神宮にしろ、御神事は漆黒の闇の中で、清められた、僅かなかがり火だけが許される。スマホなんてもってのほか。撮影なんて論外。というのは、分かるはず。だから、インテリ系ではない。
しかも、あろうことか、スマホで撮りかねない雰囲気。
で、わたしも声がだんだん大きくなっていって、「若宮様がお通りになるので、消して!」と言います。
すると、「ようやく、出ます。」と言って、その場を去りました。
何年も前ですが、御参道で、遷幸の儀が始まる少し前に、下卑たおっさん二人がやってきて、他のみなさん、きちんと順序よく並んで静かに御神事が始まるのを何時間も立って待っている中、割り込んできました。しかも、不埒なことに折りたたみ椅子で座って見物しようという魂胆らしい。アルコールも少し入っているのか。
わたし、怒り心頭。瞬間湯沸かし器。
「おっちゃん!。これ御神事やぞ!」と怒鳴りました。
で、レンズ付きフィルム(当時のインスタントカメラ)で、撮影してやりました。
しかし、これは、わたしの行いもよろしくない。
若宮様御神殿の比較的近い位置。しかもこれから、遷幸の儀が始まるというのに、御参道の御神前をお騒がせし、かつ乱してしまいました。
ストロボで照らしてやってから、暴力受けたらやだからその場からすぐに数十メートル離れたんですが、すぐに、そのおっさん連中、春日大社の係の人やら周りの待っていた人たちから注意、非難されたらしく、御参道を追い出されて逃げるように去って出て行くのがみえました。
・・・これは、わたしは若宮様のお先払いをしたわけだけれど、しかし・・・お騒がせして汚してしまったわけでもあり。・・・
多分、このせいか、これ以来。春日若宮おんまつりにはなかなかいろいろ都合がつかなくて行けなくなりまして、多分、罰が当たったのかなとか今でも反省しているわけです。
そんなことも、むかしにあったので、わたし、今回はこの4人組にかなり気をつけて穏やかにしたつもり。
で、「遷幸の儀(せんこうのぎ)」が始まり、楽の音とともに、若宮様が御旅所にお遷りになるのを参拝できました。
ようやく、お許しが出たのかな。
心の中で「若宮様、ありがとうございます。」、とお声がけして、二礼二拍手一礼しました。
そして、しばらくそのままで御旅所の灯りが灯るのを確認します。若宮様が、仮御神殿に無事お移りなされたということの確認です。お移りなされたら、一斉に御境内の灯りが灯ります。それを確認したわけです。それを確認しないでバイクのエンジンかけたらライトついてしまうし大変なことになります。無事確認してから、そして、その場からUターンして速やかに帰途につきました。
「遷幸の儀(せんこうのぎ)」は、その後もいろいろ神事がありまして、まだ続きます。終わるのは、午前3時くらい。
わたしは、バイクを離れられない。し、何かとまだ身を控えなければ。
その日、そこまでは、よかった。
でも、翌日の御旅所祭で大変だった
風邪の原因。なんです。この日は、時間がまだ早い夜なので、電車、バスで二日目の「御旅所祭」に出かけました。でも猛烈に寒かったの。昨夜までとはうって変わって。
曲目、演目の順番は忘れていて、「蘭領王(らんりょうおう)」が何時頃だったか分からない。
これ、昼間の競べ馬(2頭の競馬)での順位で番舞(つがいまい)の「納曽利 (なそり)」と順が入れ違いになるのだけれど、大抵なぜか赤組の馬が勝って「蘭領王(らんりょうおう)」が先になる。
まあ、舞楽は一曲30分弱だからいいのだけれど、とにかく、いろいろ、能楽とか4人組の雅楽平舞(ひらまい)、「催馬楽(さいばら)」・「朗詠(ろうえい)」とかが延々続いて、待ち時間がとにかく長かった。学生の時は曲目、演目の曲順の大まかは暗記していたのだけれど、完全に忘れていました。
前日、暖かかったので、ヒートテックとオバチャンコートだけで出かけたのが悪かった。6時半頃現地到着。舞は8時半頃だった。
風が強いし、寒すぎる。凍え切ってしまう。返るべきか。
例年はというか、以前は大きなたき火に当たらせてもらえたのだけれど、コロナ以降だと思うけど、たき火付近は関係者だけになっていてたき火に近寄れない。途方にくれます。
この寒さはホットコーヒーを自販機で飲むくらいじゃ到底むり。逆に尿意で大変なことになる。
で、ルール違反で、また、罰が当たりそうだけれど、「若宮様、お許しを。」と関係者だけのたき火に当たらせてもらって時間つぶし。
昔の映画「八甲田山」で、加山雄三の台詞「火とは有り難い物だな。」というのが実感できるほどの身に染みるほどの寒さ。
本当に、大きなたき火は暖まります。心底助かります。
周りの関係者の人たち、横目で、「この女、誰?」状態。みなさん、装束姿だからコートのわたしは目立ってしょうが無い。ただし、ときどき、役目の終わった女性や、関係者の人がダウンジャケットとかでいるから、その人達のふり。
舞台はまるで見えないし、観ない。この舞台というのは芝居(しばい)の語源になっている文字通りの芝だけの舞台です。
で、ようやく、「催馬楽(さいばら)」・「朗詠(ろうえい)」が聞こえてきて、そろそろかな。
で、放送が聞こえる。「競べ馬(くらべうま)での順位が赤が勝ちでしたので、蘭領王(らんりょうおう)が先になります。」ということ。
おお、やっと「走り舞(はしりまい)」の始まりか。「走り舞(はしりまい)」の最初がこの蘭領王(らんりょおう)、「納曽利 (なそり)」だったのか。忘れてた。(この後、延々夜中まで曲目が続きます。)
で、急いで、とにかく、曲が録音できる場所に移動しようとしたら、寒さで麻痺が酷くなっていて動けない。なんとかそれでも楽人と大太鼓の音がよく聞こえる南都の楽人の人たちのいる場所まで足をひきずり移動して、スマホを起動しようとするのだけれど、パスワードをいちいち入力(これ本当に不便)。これが指がかじかんでいるのか、焦る。
そのうち、音取(ねとり・雅楽の音合わせ)がはやくも始まってしまって大慌て。
結局、音取はとれませんでした。残念。だけど、「蘭領王(らんりょうおう)」のいいところ、序(陵王乱序)からは録音できました。「ありがとう、若宮様。」
これ、いいよ。日本文化の大陸経由源流。古代日本を実感できます。神秘的。不思議な雰囲気。
一度、大太鼓の音は聞けなくても、音質のいい動画探して観て下さい。
舞は、敢えて撮影しませんでした。若宮様に事前に音だけをお許しを頂いていました。
というのは、舞を撮影すると、若宮様の御旅所の御神殿が写ってしまうのですよ。
これは、かつて、神職を志したことのあるわたしには、許されないこと。
スマホにしてはいい音質。ヘッドホンで聴くとよかったわ。
翌日、風邪でダウン。
あまりにも、寒かった。「蘭領王(らんりょうおう)」の録音の間25分程度、たき火から離れていただけで凍え切って、ほとんど倒れる寸前。
たき火に戻って、しばらく休みます。
その間、「蘭領王(らんりょうおう)」の番舞の「納曽利 (なそり)」の音が聞こえます。
「納曽利 (なそり)」は右方の舞で、鳳笙(ほうしょう)の音がありません。篳篥(ひちりき)と龍笛(りゅうてき)がメインの右方の特徴。
「納曽利 (なそり)」には、舞の途中、曲の中休みの間があるのですが、そのときにようやく動く力も戻ってきて何とか帰宅。
翌日、咳が止まらない。体が動かない。眠くてしょうが無い。ああ、風邪だ。
でも、おん祭に何年ぶりかに行けたのは、今年は受賞も含めてまあよかったのかな。