最後の通勤かな
昨日になりましたが、勤務校へ出勤しました。勤務校では合格発表の日なので、午後の遅い時間帯。もう、人気(ひとけ)は無くて、一段落した模様。クラブの連中が練習しているだけ。
高校入試ってこの辺り、大学の合格発表の日とは違いますね。高校というと、まあ、上位校以外では、もう大方合格は決まっているので、早くも入学説明会もあったそうです。
わたしの出勤は先週の木曜日以来です。土日はさんで数日、まだ、やっぱり怖かったです。でも、例の意地悪連中には会わなくて、皆さん普段通りに接して下さり助かりました。
相棒が言ってたんですが、美術室って、離れ小島なんですよ。でかい校舎の5階の端っこ。普段は人気が無い。ここまで来たら、なんだか落ち着きました。
何だったか忘れましたが、小説の一節思い出します。(何たる心地の良さ。安心感。)これ、アメリカが舞台で、解雇されたのか、離職したのかわからないけれど、最近まで勤めていた職場に何かの用で来たときの、主人公の予期せぬ感情です。
この気持ち何となく分かります。これ丁度、わたしが大学出てからあまり経たないとき、また大学に来たときの感情。ああ、もうここに居場所は無いんだな。という寂しさと、去ってもなお居心地のよさの懐かしさ。
でもまあ、今の勤務校ではそこまでは無いか。でも、何か寂しい。
置いてくと、ありがた迷惑というのが結構あるからどうしようかと思っていたもの。が、ありまして、ウェットティッシュと台所用洗剤とティッシュペーパー、なんですが、まあ、これは邪魔にはならないかな。特に、台所用洗剤は、元からあったのは、わたしが全部使い切ってしまったので、置いとくべきだろうけど。ウェットティッシュとティッシュペーパーは、まあ、使うだろうな。置いてくか。(使って下さい。)ってマジックで書いておきました。
ちなみに、ありがた迷惑の代表格は、かつて、大学の卒業生で性格悪の馬鹿女がいまして、卒業時、下宿の大量の台所用食器や、家財道具をわざわざ大学に持って来て、(使って下さい。)とか書いて里へ帰りました。
だれがそんな物、ガラクタいるか。まったく粗大ゴミそのものですよ。処分が面倒なものだから段ボールいっぱい置いていきました。本当に自分勝手な人でした。後輩いびりばっかりしていたくせに。
まあ、話戻って、今回の用事は教務手帳と教科部屋の鍵と、例の問題学級の担任とのやりとり音声データの引き渡しだけ。
気になるのは、この音声データで校長、何する気なんでしょうかね。わたし、事件当日から何度も校長に聞きましたが、答えてくれない。「これは、拒否できるんですか。」とわたし、けっこうなんでも、あっさりはっきり言ってしまうので、(いやいや、管理職として何があったか知っておくだけです。)とおっしゃるんですが。・・・・・音声の最後の方は、わたしの泣き声ばかりですよ。
「なんで、いつもそんなことばっかり、わたしにするんですか。どうみても、嫌がらせじゃないですか。点票の締め切り直前ですよ。なんで、今日の今頃なんですか。明日じゃ駄目だったんですか。こんな用事。わざとじゃないですか。これ。どうして、こんなことばかりするんですか。」って、泣きながら言ってます。
パワーハラスメントの証拠そのものなんだけれどな。この内容。
自画像の下描きを持って帰った
例の使えない油彩用の練習用キャンバスボード。わたし、一応見本用に鉛筆の下描きまで描いたのがあるんです。B3サイズ。この課題、水彩で着彩するとやばいのは、相棒が発見したので線だけで止めてました。
でも、自画像なんだけれど、自分なんだけれど、「この子可愛い」の。変なの。美化しすぎだ。
で、持って帰りました。校長の許可はとってあります。
残念というか、無念なのは、生徒たちが自分たちの作品をいっぱい放棄していたこと。
まあ、このB3サイズのキャンバスボードは持って帰らないほうがいいんだけれど、危険だから。でも、他の課題も全部学校処分で置いているんですよ。
美術教育の課題設定は、本当に重要課題。難しい。問題児がこんなのやるわけ無い。というのばかり。これ、今後の重要課題。わたしの余命がもっとあれば、取り組みたかった課題。残念。(でも、過去記事にある、変態教師のせいで研究会に出られんですよ。というか、研究会自体がもう駄目になってしまった。)
STEAM教育という言葉がありまして、検索して下さい。美術教育はこれからの教育に重要欠くべからざる一角を成すんですよ。
授業の反省
わたしの授業の評価表というのが3学期のはじめ頃だったかな、いきなりわたしに配布されました。これは、生徒のアンケートに基づくデータだそうです。(いつのまに、そんなレポート作成していた。)
およそ、評価自体は6割弱なんだけれど、全て、校内平均以下。まあ、あの課題設定なら分かるわ。わたしなら絶対にやらない課題。でも、この学校で代々受け継がれている課題設定。
でも生徒理解。つまり、生徒のわたしへの感情、印象が平均以下というのは大変ショック。
まあ、これは自分でも分かるわ。TOSS時代の情熱はもう無いし。というか、文科省の教育政策には絶望してしまってやる気が出ない。
青春熱血先生なんてやってられないし、これはむしろ絶対やってはいけない。生徒の全てを受け止めることのできる先生なんて、ドラマの中にしか存在し得ない。
わたしはというと、「女王の教室」みたいに、世間の怖いことばかりはっきり言う。というか、教えてしまう。これは、一般社会を経験しているから知っていること。なんだけれど。まあ、生徒たちには知りたくない現実だろうし。
文芸祭の失態も含めて、今回の勤務は我ながら酷い。生徒たちには申し訳ないです。