小説「ユートピア」4
泣き寝入り
第三の迷える羊たちの住処(すみか)は、決して良い場所ではなかった。
例の隣人の団塊老人による母親、恵子への暴行事件は刑事事件にはならなかった。
というより、母恵子は気が弱く、姉の浩子は頼りにならないから警察に訴えるということが出来なかったのだろう。しかしその分、隣近所やらには事件のことを言って回ったようで、それにより、当の加害者本人は、後日一応口頭での謝罪をしたとのことである。
岬はこの事件のことを、相当後になって聞かされた。そして、強く母を叱った。
どうして、警察に訴えなかったのか。加害者が口頭ながら謝罪したということは、事実関係を認めたわけである。起訴には至らないであろうが、告訴しておくことは、後々のことを考えると絶対に必要なことである。
この隣人の団塊老人は、地元の名士だった。何度か自治会長を務め、次期の改選では再び自治会長候補ということであった。
警察に訴えていないという状況は、後々何かあった時に、母、恵子が、事件のことを誰にどう言おうが信じてもらえないであろうことは、容易に予想できた。
この隣の団塊老人には、警官の息子とピアノ教室を営む妻がいた。家の構えも小奇麗で立派だった。
そういえば、ときどきピアノレッスンの音が聞こえる。指導の声も聞こえる。
しかし、ここに大事な娘を、ピアノレッスンに来させている親は、この家の中に性犯罪癖のある危険人物がいる、などというこをを知ったら、一体どんな気持ちになるだろう。・・・まったくぞっとする話ではあった。
聖会教会
聖会教会という新興宗教団体があった。日蓮宗を基とした教義を掲げ、日本中に多数の信者を抱える。さらに、この宗教団体は政治政党をも伴う全国的な大きな組織であった。主に底辺層や高齢者層の信者を多く抱え、政治にも強い影響力を持っていた。
この隣に住む団塊老人は、この聖会教会の信者だった。
この老人が、自治会長を何期も務めたということは、この地域一帯は、この団体信者が多数を占めるということを意味する。
岬はこの母親の恵子と姉、浩子の第三の住処を訪れる度、異様な気配を感じていた。
常に付近の住民の視線を感じるのだ。やはり、ここはよくない場所だな。とその度に思う。
例えば、帰り際には、必ずタバコを吸っているおやじがいた。
家の出口のはす向かいの建物。廃業した何かの会社の小さなビルである。そこのおそらくは元社長か経営者。
まず、聖会教会の人間であることは見え見えである。どうやら、岬の家族を見張っているのは明白であった。今は母の恵子と姉の浩子と二人暮らしではあるが、監視対象になっているということらしい。
つまり、彼らは、ときどきここにやってくる岬が気になるらしい。
例の事件がむしかえされて、大事にされるのを警戒しているのだろうか。岬の入れ知恵によって。
彼らの情報網、横の連絡というのには驚かされることがある。岬は彼らには脅威なのである。
岬がすんでいる実家の周りにも、この聖会教会の人間がいっぱいいる。岬はそのことを知っている。
メンバーもほぼ把握している。連中との小さなトラブルが何度かあって、その度に、彼らは岬に何度も痛い目にあわされている。岬は人脈を通し、法律関係、政治に通じていたのだ。つまり、岬は彼らにとって警戒すべき相手だと認識されているようだ。
そして、事件以来、徐々に母、恵子の様子がおかしくなっていった。
怪現象
さて、事件から半年ほど経ったあたりから、母、恵子の様子がおかしいことに岬は気づいた。
つづく
*この小説はフィクションであり、登場する個人、団体等は、実在のものとは何ら関係はありません。