学校のクラブ活動問題!

こんにちわ。ブログみぃごろーです。

最近、教育関連の記事を多くしています。アクセスがけっこうすぐに来るので驚きます。教育評論家猫として、少しずつまた書きます。

しかし何分、内容がデリケートなものが多い現場の内情なので、短めの文章で少しずつ書いていきます。

私の立ち位置というのは、現在は職業教員ではなくて、大学の研究者となります。よって、現場にときどき臨時教員で入り、客観的に現場を観察するという感じです。誤解なきようにお断りしておきますが、管理人は小学校、中学校、高校の全ての教諭免許を取得しております。さらに、2種、1種、専修という三段階の内、学位の必要な最高位の専修免許状を所持しております。

勤務経験も、小・中と両方経験しております。よって、記事の内容は一応信頼していただけたらと思います。

 

クラブ問題と教員の長時間労働

さて、このクラブ活動問題なんですが、これに関しては、最近マスコミでも取り上げられていて、おおむねその内容も世間に知られていると思います。内容に関してもほぼ適切だと思います。

クラブ活動、とりわけ中学校におけるものは、顧問や担当教員が通常2名、ないし3名で行われています。

教員ですから、それぞれ担当教科の授業や、担任の仕事もあります。

しかし、クラブ活動というのは、スポーツ、文科系に関わらず、朝練習から放課後練習。さらには、土日の練習などがあり、教員によっては休み無しで数週間に及ぶ勤務になる場合もめずらしくありません。つまり一月休み無しなどもあるわけです。こういった労働時間はOECD諸国のうち最長だそうです。

あきらかに異常な状況です。

この状況の改善に関する有識者会議もあるのですが、主に外部有識者の意見、とくにスポーツ系のメダリストや野球関係者の意見が良くないのです。つまり、練習時間の短縮に関して反対意見を述べるわけですね。2時間の練習ではとても不十分とかいうわけです。スポーツ専門分野から見れば、たしかにそうなのでしょうが、学校のクラブ活動というのは、教育の一環にすぎないのです。

これは、まったく日本の風土というか、国民性なのですが、野球などをはじめとするスポーツ系、体育系の発言が強すぎるのです。

中学校程度で行われるクラブ活動になぜ、「勝つ」ということを要求するのでしょう。本来の目的はスポーツを通した人間性の育成が目的なはずです。

勝つための練習は、特に小学校、中学校ではしてはいけません。成長期の体に勝つためのパワートレーニングを取り入れるのは、医学的、生理学的に好ましくありません。

小学校の子どもは、ゴールデンエイジとよばれ、運動神経がもっとも発達する時期です。この時期に他校に勝つというのを目的にした練習をしてしまうと、練習内容は、おのずとパワートレーニングになってしまいます。速い球、強いキックができれば試合に勝つことは当然たやすくなりますが、技術の習得やセンスの発達、獲得などの将来に繋がる大事なものは、失われてしまいます。

 

そういった問題もあるのですが、教員の労働負担の異常性から、腰の重い文科省が部活動指導員として、外部からの専門の指導者制度を打ち出しました。

 

しかし、これなんですが、あらゆる意味で、あまり良くない結果をまねくという懸念を感じます。

 

外部部活動指導員の導入

結果を先に言います。この外部部活動指導員というのは、おそらく地元からやってくるクラブチームの監督などが多くなると思います。

これらの制度は、最初こそ、そこそこ機能するとは思いますが、そのうち学校運営に関しても好ましくない影響力を持ち始めることになります。つまり、外部指導員が学校運営に口出ししてくるようになります。これはほぼ間違いありません。おそらくは練習時間をもっとよこせ、といったようなものが予測されます。これは、学校の授業編成に直接干渉してくることを意味します。

さらに、事故や怪我といった事態が生じた場合の責任の所在から、学校教員は結局クラブ活動に参加せざるを得ません。

 

文科省がよくいう、「地域との密接な連携のもとに~」というのは、多くの場合、メリットよりも弊害が深刻なものになります。

実例ですが、野球が盛んなある地域での話です。その学校は、常に地区優勝をする強豪で野球がとても盛んでした。何十年も昔の話ですが、この頃、すでにこの地域では地元のクラブチームの監督が学校のクラブ指導に入っていました。その地域一帯が悪い意味でその学校の戦歴に一喜一憂しておりました。

若い教員も指導に駆りだされ、練習は教員や子どもにも厳しいものでした。そんな状態が何年も続いていました。

そのうち、地域の外部指導者も歳をとり、練習には出てこなくなりました。練習には出てこなくても、口は出します。

その学校が試合で勝てないと学校の教員は外部指導員や地域の有力者から叱責を受けました。クラブ顧問の教員たちは、授業もままならず、地域の圧力のもとにクラブ練習に疲弊する日々が続きました。

そんな状態ですから、若い顧問の教員の授業技術は当然下手で、子どもたちの学力育成に支障が生じるようになっていました。

 

これを見かねた、当時の校長はある決断をしました。校長の権限で野球部を解散したのです。この校長とは酒井 臣吾先生といわれる方で、実在の人物です。この話も酒井先生の著書からの引用です。

酒井先生は、野球部を解散することにしたのですが、地元の有力者の力が異常に強く、その準備は隠密裏に行われたそうです。

解散を発表し実行した結果は、予想されたとおり地元の各方面の有力者から様々が圧力があったそうです。それでも校長の権限のもと職を追われることになってもこの決断を断行されました。

学校という組織に、外部の人間を入れるというのは、それほどのリスクを伴うことなのです。

今日もこのブログをお読みくださり、ありがとうございました。

 

 

 

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