夢の不思議の話
こんにちわ。ミーゴローです。
今日は大変暑いです。私の地方は35度以上になりました。もう真夏です。
CBR1000RRに乗るには暑すぎます。すくなくとも午後6時以降にしようと思いました。しかし、なんだか眠いのですよ。
昨日から鉄サプリのおかげで元気になったと思ったのですが、しんどいです。
鉄サプリなのですが、要はヘモグロビンを増やす効果があるということなのでしょうかね。
昨日の記事では肌色が良くなったと書きましたが、同時に静脈がやけに目立ちます。
静脈というのは肺に戻る前の血液ですね。二酸化炭素で色が濃くなっているわけです。
海外ドラマ「クリミナルマインドFBI行動分析科」に出てくるドクター・スペンサー・リードのようにくまが目立つような気がします。
目の周りのくまというのは、血液の色なのだそうです。
疲れていると出てきますが、白人の場合など色素の少ないひとは目立ちます。
スペンサー・リードのように彫が深ければそれなりに見栄えがするのかもしれませんが、私の場合は疲れているようにしか見えません。
もしかしたら、まだ調子が悪いのかもしれません。
朝起きてから、夕方CBRに乗ろうと思ってうとうとしていたら本格的に寝込んでしまい、起きたら夜中でした。この記事も3日朝に書きました。
多分、冷房が自動で強くなって風邪をひいている可能性があります。
こんな場合、自由業の特権です。寝るのが一番。
貧血症にしても、基本的には安静にするのが原則ですから寝るだけ寝るのが正解だったりします。
浅いレム睡眠の夢
浅いレム睡眠の夢では、比較的リアルなものになる場合が多いです。
最近のパターンは職場に戻っている状態です。
私の職場はお決まりですがストレスがいっぱい。だから悪夢の部類に入ります。
なんだかんだで、夢の中でいつも思うのは「あ~。やっぱり戻ってきてしまったか。」です。
人間、毎日の決まったルーティーンに入るとそれに従わざるを得なくなるのでしょうかね。
夢の不思議
さて、夢なのですが、リアルなものも多いのです。私はカラーの夢を見ます。逆にモノクロの夢というのは想像できません。
ひとによるとは思いますが、人間はこうした場合、どうやって夢と実際の体験の記憶とを区別しているのでしょうか。
思うに人間の脳には安全装置のようなシステムがあるように感じます。
例えば、学校の夢をみるにしても、起きてからは或いは夢の中でも実際の学校のことではないと分かるのです。
この場合、学校の風景や町の風景が微妙に違うわけですね。
違うのは雰囲気だったりするのですが、一番分かりやすいたとえをいうと、鏡に映った虚像の世界にいる感じなのです。
別段左右が反転しているとかいうことは無いのですが、観慣れた現実の世界、たとえば今住んでいる町を写真に撮影して、ソフトで左右反転すると良く分かります。
まるで見知らぬ土地に感じるはずです。
夢でみる風景というのがまさにこの状態に近いのです。
これは多分、脳のメカニズムなのだと思います。
夢の世界というのは、現実世界とは微妙に違っています。
「バイクでいつもの細い道を走っていたら、いつのまにか道がどこかの屋敷の廊下になっていた。バイクを降りてその先の階段を下りていくと和室があった。蛍光灯がこうこうとついている。おばさんが3人すわっていて何かの儀式をしようとしている。何をするのかと聞いてみたら、即身成仏を生き返らせる密教の秘術をこれから行うのだそうだ。」
といった場合、脈絡の無い記憶が不規則にリンクして変な夢を作り上げているのですが、この場合、最初のいつもの細い道から微妙に現実と変えてあるのです。
だから、屋敷の廊下につながることができるわけです。
これが非常に現実世界どおりのいつもの細い道だったら大変なことになります。
現実世界の記憶と区別がつかなくなるのです。
夢が現実の記憶と混同されてしまったら、重大な統合失調症をもたらすことになります。
つまり夢の世界が奇妙なのは、脳の安全装置の機能によるものだと考えます。
ただし、幼い頃や子どもの頃などは、現実の記憶なのか夢だったのかがよく分からないものもあります。
脳の発達過程がもたらす特有な現象なのでしょう。
とても奇妙な風景、光景が遠い記憶に残っていたりするのです。
これらのなかには非常にユニークで面白いものもあります。
私は、絵画のテーマによくこの奇妙な光景を描きます。
これらは芸術作品の原点なのかも知れません。
シュールレアリズムの画家で有名なダリに限らず、
実際、夢の世界というのは、しばしば絵画のテーマに用いられます。
というか夢の世界を映像化できれば、それだけで高度な芸術作品といえます。
現代アートの絵画、芸術が分からないという方は、それが作者の夢の世界を描いているのだと思って観てください。
意外にすんなり心に入ってくるものがあると思います。
今日もこのブログをお読みくださり、ありがとうございました。