週間日曜日・根室本線最後の日
こんにちわ。瞳です。今日、令和6年3月31日は根室本線最後の日だったのかな、確か。
この写真の頃は、あんまり北海道のローカル線の知識とか無くて、行き当たりばったりで旅してました。この写真の頃が、最初で最後の東鹿越~新得の旅路だったわけです。
代替バスからの刈勝峠の眺めも、そのありがたさとか、昔ここを鉄道が走っていたとかなんて後で知りましたし、この新得は、蕎麦の名産地であることも知らず、わたし、この駅で札幌へ帰るための特急『おおぞら』を待ちながら2時間あまりも時間つぶししてました。ああ、勿体ないこと。お蕎麦屋さんは、駅構内と、駅前に一軒しかないと思っていたら、付近にけっこうあったらしい。
この最後の写真は、ようやく遅れて到着してくれた、わたしの特急『おおぞら』での車内。単線の石勝線をぶっ飛ばすので驚きました。回復運転の意味もあったのでしょう。途中、鹿が出てきて急停車とかいろいろ体験できました。でも、驚いて、泣いているのではなくて、このときは。
前の座席のおっさん(出張帰り)が、座席倒してきて白髪頭が大接近。そんでもって、おっさんお決まりの缶ビール、缶チューハイやらの酒盛りで鬱陶しいの何のって。
空いていたので、通路反対側に席変わりました。
まあ、今時は、インバウンドでこれどころでは無いらしいんですが。
布部駅とか幾寅駅
とにかく、この2年以上前の旅では、事前の計画とか下調べとかほとんど無しでの逃避行動。この時期、大変だったんですよ。写真載せませんが、途中の金山湖で人生を自ら終えたライダーがいたこととかも知りませんでした。わたしも、実はこのとき、この当時はそうなる寸前の精神状態。近所のカルト団塊ジジイ連中に散々やられていた時期。兄貴はじ○するし。もう投げやりの状態。
だから、富良野から少し行った駅の布部駅が「北の国から」の五郎一家が降り立った駅だとかも知らなかったし、螢が旭川から帯広まで恋人に逢いにいくため通っていた路線だったのも知らなかったし、代替バスで幾寅駅に寄ったときなど、映画「鉄道員(ぽっぽや)」(配給:東映 1999年 高倉健主演)のロケ地だったので驚きました。
映画中の駅名「幌舞駅」と表示されていて、撮影で使用された車両のカットモデルが屋外展示されていました。この車両、キハ40-764をわざわざ撮影用に原作のキハ12形(当時すでに退役)に似せて改造を施されたとのことでした。バス降りてじっくり観たかったのだけれど、新得駅への次のバスが無い。ああ、残念。
しかし、残念です。もう一度行きたいわ。鉄道の軌道(線路設備)維持というのも大変なコストですから、バスの方が安上がりになるというのは、実はいままで気がつかなかった。(岩見沢駅のライブカメラ終わってしまいました。豪雪時の深夜の除雪などの保線作業の大変がよく分かる映像でしたが、もう雪も無くなって、夜も終電が出たら駅のホームも真っ暗。寂しいな。)
鉄道のメリットは大量輸送ですから、車両に数人とか数十人とかの利用者数じゃそりゃコストが見合わない。
ほんとにさびしいね。
長雨の次は黄砂だよ
ところで、この頃気候も変です。雨も嫌だけど、黄砂も嫌。3月はじめにやられた道路工事の時みたいに砂ホコリのモヤでモウモウって感じ。防犯カメラの映像。
怖くて外に出られない。換気も最小限。もう、何年も前の話ですが、これ、本当に油断がならないのですよ。黄砂の砂ホコリ。白い布巾で食事後テーブル拭いたら、けっこう濃い黄色の汚れが付いていて驚いたことがあります。家の中まで結構入ってます。
こんな状態で、宝石ケース開けたら大変。何度もいつも言うことですが、砂漠の砂は石英の粉末です。モース硬度7の固い粉末です。けっこう厄介なものです。水晶に付着すると特に危険。固いルビーでも細かい傷がつく。
神経質すぎるのですけど、苦労してせっかく手に入れた宝石たちに、少しでも傷がつくなんて絶対に嫌。