週間、日曜の夜の憂鬱

瞳の鬱(うつ)日記

 こんばんわ。瞳です。毎度の日曜の夜。あと何分かで恐怖の月曜。毎度のことながら、この土日は何も出来ませんでした。夕方まで寝ることを意識しています。

 どこかへ出かけようとかいう気持ちにもならないし、なにせ、来週から成績をつけなくては。ということで、いろいろ資料、持ち帰ったんですが、これもちろん個人情報ではなくて、評価に関する資料。

 でも、多分、何もできないだろうな。というのは分かっていました。そんなもんです。教師生活も長いですから、土日というと、何かできそうだけれど、実際にはクタクタで何もする元気も無い。

 せっかく、持って帰った文科省の指導要領、評価の手引きとか手つかず。

 それはそうと、私事、明日の授業で、3学期の授業が終了です。連中とお別れです。少し、というか、まあ寂しい。いい子だったわ。本当に。思えば、引き継ぎながら、前任者より長い付き合いになりました。

 中学の女の先生には多いのだけれど、わたしは言葉は荒いし、おしゃれとは無縁だし、さぞかし変わった教師で面食らっただろうな。

 成績評価

 今の高校授業のいいところ、というか救われたことでチームティーチングがあります。いわゆる通称TTでした。相棒がいてくれて、二人体制。若い女性だけれど、何より腕が確かで、頼りになる。本当に助かった。感謝します。

 3学期の成績は、二人でつけることにしました。意地の悪い教務のおっさん対策。文句は言わせない。

 3観点評価

 これなんですが、本年度から高校でも実施されることになりました。前任者による1学期の成績表をみると、その苦労がうかがえます。要は意味不明、何をどうする、なんです。

 これ何かというと、文科省による「平成30年改訂高等学校学習指導要領」で評価が、「知識・技能」、「思考・判断・表現」,「主体的に学習 に取り組む態度」の3観点になったんです。(それぞれ100点満点換算)

 これの高校での実施が本年度、去年の四月から今の一年生から導入されました。

 文科省の文章では、例によって意味不明。アルツハイマーのごとき文章。何を言っているのかわからない。どうとでも解釈できる内容。

 主語と述語の間がやたら長くて、国語力を疑いたくなる文章。いわゆる役所の文章。

 内容としては、(「育成すべき資質・能力の三つの柱」として、

(どのように社会・世界と関わり、よりよい人生をおくるか)
(何を理解しているか何ができるか)
(理解していること・できることをどう使うか)という3つに整理した結果だそうです。

 これが、3観点にそれぞれ対応するとのことですが、それなら言葉も統一して欲しいものです。

 元にあるのが、AI技術など急速に発展、変化し続ける社会に適応できる人材の育成なんですが、そのためにいわゆる「主体的な学び」と目指しているわけです。要約するとそういうことです。

 それが、なんで100点満点で3観点になるんだろうかね。別段何も変わってはいない。朝三暮四(ちょうさんぼし)というか、言葉遊びというか、まあ、これが日本なんだろうね。

 毎度、この中教審のジジイ連中の思いつきで、いつも現場は振り回される。

 だから、結局何なのよ。ということ。実態はおんなじじゃない。

 評価方法がかわるだけ、同時に煩雑・混乱状態。

 これじゃ現場は大変だ。実際大変だったんです。他の先生方も、前任者もかなりやられたそうです。

 わたしの前任者の任期途中での退職の原因でもあるんでしょう。その辺り。

 後任でやってきた、爆弾女のわたしも、教務に校長室に呼び出されました。ここで、ネチネチ教務のおっさんやるつもりだったんだろうけど、わたしの怒りが先に爆発してしまい。何かのためにスマホ録音しておいたのですが、結局、わたしが終始大声で怒り続け、校長は一言も発せず、教頭は一言二言。教務のおっさんは、結局何を言いたかったのか分かりませんが、調子が狂ってしまったようです。

 録音はわたしの怒鳴り声しか入ってません。「本年度からの新評価システムですよ。引き継ぎも何も無し。おまけに仕事は丸投げ。いきなりそんなのできるか!」

「わたし、手術直後だから配慮を願いますと言ったはずです。朝変えた真っ白のナプキン。朝の立ち番終わった後血で真っ赤になってたの知ってるか!」

「3時間目まで、授業があって、午後1時に締め切りって、そんなのできるか!」

 ただし、翌日からネチネチ仕返しはされています。

 また、この一定期間ごとに来る返される文科省の馬鹿な指導要領改訂、教育改革については、追々書いていきます。老害の最たるものなんです。

 

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