核兵器について書きます。

成海瞳の鬱(うつ)日記

 こんにちわ。瞳です。

 「怖いから、すぐに消すよ!」の記事で、イスラエルとイランとの戦争状態での核の脅威について書きました。

 また、核兵器の脅威についてはパキスタンとインドでも今現在、同じく緊張状態にあると言えます。

 何故かわたしのYouTubeで、今、広島平和記念資料館の動画がさかんにリストアップされているのですが、原爆記念日はまだ先なのになんでかな。

 もしかしたら、例の記事の影響でAIが出してくるのかも。みなさん、どうですか。

 過去記事「不定期連載小説」でも書きましたが、小説の舞台である京都は、太平洋戦争中、空襲は小規模で、20回程度の空襲と、機銃掃射にとどまり、大阪などのような大規模な空襲を受けませんでした。

 これ、一般には、アメリカの美術史家・ラングドン・ウォーナー(Langdon Warner、1881年8月1日 – 1955年6月9日)が、奈良や京都の日本の文化財を保護するためにを爆撃対象から外すようにアメリカ政府筋に進言した、という説が信じられています。(今でも。)

 実は、「京都」・「奈良」は原爆投下目標候補地だった

 ということが、最近では定説になっています。

 空襲が小規模であったのは、原爆投下候補地として、温存するためだったというのが真相のようです。

 以下、ウィキペディアからの引用です。

 『この説を否定する説が後年唱えられた。1975年に同志社大学のオーティス・ケーリが文芸春秋誌において「京都に原爆を落とすな-ウォーナー博士はほんとうに京都を救った恩人なのか」 を発表し、20年にわたる調査から、京都の原爆投下が避けられたのは陸軍長官ヘンリー・スティムソンによるものであるとした。1980年代には、立命館大学の鈴木良もスティムソン日記に「京都に原爆を落とすのは対ソ戦略から政治的効果にマイナスになるから(投下しない)」とあることを指摘し、ウォーナーと直接交流のあった五浦研究所初代所長の稲村退三もウォーナー自身が「リストは作成したが、爆撃を中止させるほどの権限はなかった」と述べていたことを記している。』

 長年ウォーナー博士は、日本の文化を守った恩人とされていました。また、氏が来日した際には恩人として大歓迎されてようなのですが、その折、ご本人は大変困惑し、「わたしは単に、美術を含む調査をしたに過ぎない。」といった旨の発言をしておられます。これは、謙遜と取られたようですが、実は言葉そのままだったのが真実のようです。

 氏に、アメリカ大統領、政府、軍への戦略に関する影響力は無かったとみるべきです。

 京都が原爆投下目標候補地だったのは、盆地であり、原爆の効果検証として最適であったことと、人口密集地であったことです。実は、同じく盆地である奈良も原爆投下目標候補地であったそうで、奈良への空襲もそのため小規模であったというわけです。

 一歩間違えば、わたしが今住んでいる奈良は焼け焦げたクレーターになっていたわけです。

 核兵器の恐ろしさ

 で、動画の話なんですけど、過去記事でも書いたことがありますが、(タイトル、日付は忘れました。)アメリカ人に限らず、欧米人というのは、核兵器の恐ろしさを知りません。

 映画「ターミネーター2」でのサラ・コナーが生きながら焼かれているシーンが意外に唯一近いのかな。反対に「天使と悪魔」(配給 ソニー・ピクチャーズ・公開 2009年5月15日)のラストで反物質がバチカンの上空で反応爆発するシーンは、まるっきり分かってない。核兵器の威力と恐ろしさ。これは反物質だけれど、まあ核分裂のエネルギーをしのぐと考えていいと思います。(1グラムの反物質の対消滅のエネルギーは、広島型原爆の1.5倍)これが、ヘリコプターで上昇する高度で反物質が反応して大爆発するんですけど、ピカッと光って終わり。

 実際には、バチカンは大きな焼け焦げたクレーターになります。しかも、爆心地半径数キロメートルは数千度のオーブンの中状態(広島原爆では爆心地で3000℃~4000℃)。逃げ場所はどこにも無い。

 核兵器も同じ。

 太陽の表面温度6000℃に近い。想像もできない地獄。

 しかも、蒸発して終わりではなくて、かなり苦しむ。爆発直下で即〇できたらむしろ幸運。

 広島平和記念資料館

 わたし、ここに初めて行ったときは大変なショックを受けました。

 資料館を出てからしばらくは、何も考えられない。綺麗な公園のこの辺り一帯が、逃げ場の無い数千度のオーブンの中だっただなんて・・・なんて恐ろしい。これが核兵器なのか。

 ここを訪れた外国人のインタビューの動画なんですけど、ここに来る人たちはまともな人たちです。

 広島に来る外国人は、歓迎します。公演でうずくまって泣いている人も多いと聞きます。

 2023年に、『G7広島サミット』がありました。岸田政権唯一の、ただ一つの功績。

 各国首脳はショックを受けたはずです。メッセージを残しています。岸田以外、おそらく建前じゃない心から出た言葉でした。

 イスラエル、中東各国首脳、パキスタン、インド、ロシア、そして、中国、北朝鮮のトップも一度、広島を訪れるべきです。

 それで、考えを改める、主義を変えるとは思いませんが、もし、核のスイッチを押そうとしたとき、広島の広島平和記念館での映像を想起するはずです。

 わたし、小学校の修学旅行の引率で、二度目の訪問をしました。広島平和記念館は小学校6年児童にはショックが大きいのでは、と心配していましたが、意外に普通だったんですけど、彼らの心には、映像が深く刻み込まれています。大人になってからしっかり彼らの中で形を成していくはずです。

 だから、核保有はどうするの

 存在してしまっている核兵器の脅威は、もはや如何ともし難いものです。

 核は絶対駄目なんだけれど、相手が持っていればこちらも持たざるを得ない。

 広島に行けば、あんな恐ろしいもの絶対にダメ。なのは実感できる。

 だから、無法国家が核を持っているのも恐ろしい。

 ジレンマです。櫻井よしこさんが言うように、核保有を否定するのは間違いなのかもしれない。核を使用させないためには。

 もひとつ、の手段。日本がSLBM潜水艦搭載ミサイルで、核ミサイル発射を阻止する。核ミサイルは基本、発射されたら終わりです。迎撃はほぼ不可能。これが現実。マッハ数十で大気圏に再突入してくる小さな複数の多弾頭を迎撃するなんて、不可能(多弾頭は中国はすでに実用化)。

 だから、発射基地攻撃能力を徹底するしか現状は無い。予算を大幅増額(国債で)。

 潜水艦をもっと増やす。潜水艦だけが日本が世界一の能力と言えるし、別段原子力である必要はない。潜水艦の肝心なところは、完全なステルス性(静寂性・海中はレーダーが利かない)。相手に見つからないこと。通常動力でも3週間は潜航を継続できるし、逆に原子力でも人間の精神の都合で3か月が限界(さらに原子力は静寂性に劣る)。C国の潜水艦は探知が容易(銅鑼ドラを叩きながら水中を進むがごとくやかましい)。今のところ。

 

 

 

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