小説「ユートピア」5

 怪現象の始まり

 母、恵子の言動に不自然なものが多くなったのに、岬は気づいた。

 家の中にあるものが、自分の知らないうちに動かされている。家具の位置がずれているなどというもので、岬はどいう言う事?と聞くと、「誰かが家に侵入し、盗聴器がしかけられている。」、というのだった。

 まあ、ああいった事件があったわけだから、神経質になるのも無理も無いと最初は相手にしなかった。

 しかし、段々それはエスカレートしていった。

 具体的には、例の隣家の破廉恥変態老人が家に侵入している。さらには、ほとんど毎日夜間に庭に侵入してきて覗き見しているというのだ。

 岬が鍵をかけた家にどうやって侵入してくるのか、と聞くと、屋根裏に秘密の仕掛けがしてあって、隣家の屋根づたいに秘密の入口から入ってくるのだという。

 岬は言った。「あのね、母さん。屋根裏ってね、とても狭いのよ。テレビの時代劇じゃ忍者とかが動き回っているけど、実際はあんなに広くはない。とても、人が動ける場所ではないよ。何せ屋根裏の高さって40センチも無いんだから。」

 しかし、母、浩子は屋根裏から侵入していると言い張って聞かない。

 そこから毎日、盗聴器の交換にきているのだという。

 

 どうも、昔、コンセント型の盗聴器をテレビで観たのが印象に残っているらしい。

 岬は言った。「あのね、今の盗聴器って、もうあんなタイプじゃないのよ。別にわざわざ侵入しなくても、自分の家から収音機で盗聴できるんだよ。レーザー使ってね。」

 それでも、盗聴だけじゃない。毎日庭に入ってきて雨戸を叩いたり、嫌がらせをする。とか言い出す。それを見たことがあるとまで言い張る。

 なんでも、かの破廉恥変態老人が塀を乗り越え、やってくるという。さらには、高さ2mはありそうな塀の上を忍者のように走って逃げて行って、表道路の方へ飛び降りた。そのせいで、飛び降りた場所のセメントが割れている。とかいう。 

 ある時は、「雨戸の外に誰かいる。」、といって、部屋の中から窓めがけて物を投げつけて、ガラスを割ってしまったこともある。

 挙句の果てには、靴跡がある、といって写真撮影して、それを証拠だと言って近くの近鉄奈良駅の交番へ相談に行ったらしい。

 その交番から、岬は電話を受けた。電話をかけてきた交番の婦人警官の第一声が「あの、娘さんですね。ちょっとお聞きしますが、お母さん、認知症ですか。」というものだった。

 さすがにこれは、確かにそう思わざるを得ない相談案件だな。適当に答えるしかなかった。

 だがしかし、万が一、ということもある。

 岬は、庭に不可視赤外線防犯カメラを設置した。このタイプは、赤外線の赤い光が見えないのだ。

 つまり、侵入者にはカメラの存在が分からない。

 さらに、家の中にも監視カメラを設置した。

 そして、・・・結果は、・・・やはり何も写ってはいなかった。

 岬は、この録画データを母、恵子に見せるのだが、それでも納得しない。

 さらに、自分で外部に設置したカメラを自分で布でぐるぐる巻きにしてあっちこっち場所を変えたりするようになった。

 「こんなことしたら、逆に相手にカメラだって分かるでしょうが。それに、こんな事したら、カメラ壊れるよ。」

 まあ、カメラの存在を知られたのは間違いなかった。

 事実を確かめる

 岬は、実は母、恵子の言う事がすべて妄想だとは思えないふしがあった。

 というのは、聖会教会という新興宗教団体という存在がある。母、恵子は隣の破廉恥変態老人がここの信者だと言っているのだ。

 岬は、母からそのことを聞いて、初めて隣家が聖会教会の信者らしいということを聞いたのだ。

 実は確信するに至った事があった。

 母、恵子が自分一人で庭に向けてセンサーライトを設置したことがある。近くのホームセンターで買ったのだが使用方法を間違えていた。

 常時、隣家を照らすような状態になってしまっていた。

 まったく成り行きの偶然だったのだろうが、このLED防犯灯を使って相手を意識的に照らすという行為。実は、聖会教会の人間がよく使う嫌がらせ行為なのだ。

 岬は、ある日、自宅でに仕事から帰ったとき、近隣の聖会教会の複数数軒からこのLED照明を一斉に当てられるというような事が始まった。わざと岬の自宅の玄関先に向けて、センサーライトが設置されているのだ。

 これは、大変不愉快でかつ不気味な行為であった。

 最初は意味が分からなかった。が、(あ!そうか、母の設置したセンサーライトの仕返しだな。)と思い当たった。と、同時に、やはりあの破廉恥変態老人が聖会教会の信者だということを、これにより確信したのだ。

 この聖会教会という教団は、純然たるカルト教団という側面を持つ組織でもある。

 世間的には公然の秘密ではあるが、いろいろ反社会的な行為をすることでも知られていた。

 他人の住居に侵入する、などということも、実はありうるのである。今回の母宅への侵入目的は分からないのだが。

 意外に、母、恵子の言う通り、旧型の盗聴器を設置しているのかもしれない。なにせ、破廉恥変態老人は老人なのだ。とても最新の盗聴器は扱えないだろう。

 張りこみ

 岬は、週に何日か母の家に泊まり込んでみた。実際に怪現象を確認するためである。

 寝ずの番だから、趣味の絵画を描きながら過ごす。

 最初の数週は何もなかった。

 そうか、バイクが置いてあるから、わたしが来ているのが相手に分かってしまうな。だから、ある日バイクを目立たないように置いてみた。

 これで、少なくとも、隣家の破廉恥変態老人からは見えない。

 そして、その日の深夜。それが起こった。

 岬が絵を描いているリビングルーム。南面と東面に大きな窓がある。深夜だから雨戸を閉めていた。

 深夜の3時頃、その南面の雨戸が突然ドン!と大きな音を立てた。外から誰かが叩いたのだ。

 立て続けに、その音が南から東の窓へドドン!と移動しながら大きな音を立てた。

 東の窓の端までその音が移動した。そしてまた、折り返して南へ戻りながら音が移動した。

 明らかに人の仕業であった。誰かが確かに雨戸を叩いていた。

 そして、それはすぐに収まった。今から外に飛び出してみても、もう犯人はいないだろう。

 また、すでに存在を知られている防犯カメラの死角を通っただろうから、録画を確認しても何も写ってはいないだろう。

 母の妄想ではなかったのだ。現実に起こった、起こっている事態だったのだ。

 つづく

 *この小説はフィクションであり、登場する個人、団体等は、実在のものとは何ら関係はありません。

 

 

 

  

 

  

 

 

 

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