不定期連載小説5
弟
その子は、早速粘土に取りついた。瞳が何か教える前に、もうすぐに自分で粘土と取り組み始めた。
練り台は、少し高すぎるのか、自分で勝手に手ごろな木箱を持ってきて、その上に乗っかって粘土をひたすらいじり始めた。
最初は、その感触、質感、などを探っているかのように、練り台の上で、粘土をただこねくり回している。
かなりそれを楽しんでいる様子だ。相当面白いのかその子の顔に笑顔が現れている。そういえば、この子の笑顔を観るのははじめてだな、と思う。
そのうちしばらくして、何かをつくりはじめた。形のあるもの。
丸いもの。なんだろう。
瞳はそんな様子を眺めていた。
(子どもはかわいい。)そんな思いをふと覚える。
そんなとき、ふいにお客が訪れた。一人の年配の女性。そういえば、そろそろお客が増え始める頃だ。
瞳は急いで、流し台で手の粘土を洗いながら。「いらっしゃいませ。」と言う。
流しで手を洗いながらの、横向きでのお客へのご挨拶なんて、店主である父に見られたらきつく叱られるところだ。少し慌てる。
「何をお探しでしょう。」
急いで手を拭きながらようやくお客と向き合う。襷はしたままだ。まあ、これは店の品を扱うときでも襷はするので構わない。
「ああ、あのね、アルマイトのね。お鍋ってこのお店に置いてるかしら。大きめのものがどうしても欲しいのよ。どこのお店に行っても無いのよ。後はこのお店だけ。」
「ああ、アルマイトのお鍋ですね。あいにく今ここにある分しかないんですよ。あいすいません。」
瞳は申し訳なさそうに言うしかない。
金属、とりわけアルミは戦時中にすべて接収されてしまった。いまどき、店にあること自体がめずらしい。この店は、仕入れの伝手でようやく数点ずつ仕入れることができるが、すぐに売り切れてしまう。
「うーん。もっと大きいのが欲しいのよ。」
今店にあるのは、申し訳程度の小鍋数個とやかんが数個だけだ。
「やっぱり、ここでも無いんだね。」
そのとき、その年配の女性は、ようやく店の土間の片隅で粘土遊びに没頭している子どもに気が付いた。
「あら、あの子、あなたの弟さんなの。」
弟?瞳は面食らう。初めてのお客だ。わたしのことを、この店の娘だと思っている。まあ、娘なんだけれど、今は女中の身分だ。
それにしても、この子がわたしの弟とは、また例によって若く見られたもんだ。ふつうは息子とか思うだろうに。
そう・・・息子・・・。ふと心に刺さるものがある。今は亡き夫、寛とは子どもを授かることができなかった。
子どもを持つ、ということは、一体どんなものなんだろう。
「坊や、何つくってるの?」不意にお客の婦人の声で我に返る。
お客の婦人の問いに、「これ。これはね。飯。」とその子が答えている。
「飯?・・・ああ、丼茶碗つくってるのね。」
この子は、そうか、人見知りしないんだ。案外普通なんだな。
そして、造っているものを観て瞳はさらに驚いた。いつのまにか。この子、いつものあのすり鉢の大盛めしをつくっている。
お客の婦人は瞳に、
「さすが、この店の跡取りだね。もう一人前に丼茶碗つくってるじゃない。」と言う。
この子が今造っているのは、丼茶碗じゃなくて、すり鉢なんだけどな。と、思う。このお客の婦人、子どもだから大きくつくりすぎてるのだと思っているんだろうけど。大きさはこのとおりの実物通りの大きさなんだ。けっこう、器用な子だな。
それに、・・・跡取りって。まあ、この店の主人・父はこの子を丁稚(でっち)にとるつもりだから、まんざら的外れでもないわけだけど。
夫人が続けて言う。「そうだ。この店。土鍋なら大きいのがあるでしょ。」
確かに土鍋ならあるはずだ。なにせ本来は陶器が専門の店なんだから。
「ええ、多分奥にあるはずです。今、店の主人を呼んでまいりますで、少しお待ちくださいまし。」
と瞳が言うがはやいか、店先の声が聞こえたのか、奥から店の主人・父が丁度出てきた。
「これはどうもいらっしゃいませ。」と夫人に挨拶をすると、「ああ、瞳、奥のな、物置にいろいろたくさんあるから持てるだけもっといで。」
女中の瞳に対しての言いつけではあるが、他人から見れば普通に娘に対する物言いにも聞こえる。
夫人は持ってきた土鍋の大き目のひとつを気に入ってくれた。
大きな土鍋を割れないように丁寧に藁で包む。その上から、持ちやすいように縄をかけてお客に手渡す。かなり重い。持って帰るの大変だろうな。と心配になるが、お客の婦人は満足してくれたようだ。
「毎度、ありがとうございました。またのお越しをお待ちいたしております。」瞳が言う。
主人も「毎度、どうもおおきにどす(京都弁)。」と言う。
これ、本当は、親子そろってのご挨拶なんだけれどな。(変なの。)と、瞳は思う。
店の主人・という父
瞳はお客が帰った後、さっそくのお叱りを覚悟した。
なにしろ、勝手に子どもを店に入れて粘土遊びをさせてしまった。そのうえ無断で、質が悪いが店の大事な粘土も使ってしまった。
だが、店主・父はいきなり意外なことを言った。「瞳はあの子、どう思う。」
「え、ああ、案外利発な子だと思います。あに!っ(おっと兄貴はまずい。)次朗(叔父の名前)さんも、頭のいい子だと言っておられました。」
「丁稚にとるのはとてもいいと思います。」
「ああ、そのつもりなんだけどな。」
父は続けて言う。店の主人として「あの子、うちの子に、にしようかと思ってるんだよ。あちらの祖母さんともその話を進めているところだ。」
「へえ~、そうなんですか。あの子ならいいと思いますよ。」
「それでな、瞳。・・・お前もうちの養女になって。つまりな、次朗と夫婦になってあの子の母親になってくれる気はないかね。」
え、え、ええ~!なにこれ。一体。どういう話なの。いきなり。
次朗って、兄貴って、わたしの叔父で、・・・・・。そんなの無理じゃん。
「え、え、ええ~!で、で、でも、このお店には、娘さんがちゃんといらっしゃるし、・・・・・。お二人も、娘さんいらっしゃるじゃないですか。」
次女の娘は今は女学校の寮にいる。瞳がこの店・家に帰ってからまだ会ってもいない。
「だからね。言っちゃなんなんだけどな、娘たちにはいろいろあるわけだ。事情がな。上は行方知れず。下はまだ未婚なわけだ。」
続く。