わたしはトムキャット・やすらぎを求めて1
トラウマ
瞳は、3年前の特殊任務で中学校教師としておよそ半年間活動した。
国家安全保障会議、通称日本版NSCからの命令だった。
その任務とは、今の日本を蝕む教育問題。とりわけ教師を苦しめる学校現場の実情を、実際の教師の身分になって現場に入り込み、調査することだった。
調査結果は驚くべきものだった。調査というより、瞳自身が実際に経験した体験というものは、想像を絶するものだった。
教職といものは、一般にもブラックだということは知られているが、瞳が潜入した2021年には、教職員の精神疾患による休職者の数は6500人以上にも及び、翌年にはさらに増加の過去最多の7,119人に上った。またそのうち約2割が退職に至っている。(注1.文部科学省ホームページより
『一般に原因として推測されるもの以外のもっと深刻な要因があるはずだ。それも、国家存亡にかかわる国防上の要因。あなたには、その存在の調査をお願いしたい。その存在の可能性の有無。そしてそれを探り出し、その正体を突き止めてきて欲しい。』
日本歴史上初となる女性首相からの直々の命令であった。
瞳は事前に、この新しく発足した日本の保守政権。その政権直属である国家安全保障会議NSCから、内密にその可能性についての調査指令は事前に受けていた。だが、任務開始直前に、突然総理に呼び出された。この自らを、自衛隊の最高司令官と明確に宣言した初の女性総理。その保守系タカ派とも言われている女性首相からの直接面会依頼を受け、あらためてこの命令の重大性を思い知ったのだった。
傷跡
任務はやり遂げた。何とか、その黒幕の存在とその正体を確認することができた。
しかし、その代償として、瞳の心と身体はズタズタに引き裂かれた。
「PTSDだって?それは無いな。君の場合。別段命の危険に晒されたわけでもないんだろ。医学書にも細かく規定がされていてね、君の場合は該当しない。まあ、いわゆる抑うつ症ってやつだな。」
瞳を最初に診察した大学病院の若い男性医師の言葉だった。
瞳は任務が終わった後、酷い倦怠感、というより、常に強い恐怖感、不安感に苛まれるようになった。特に男性には近づけなくなった。潜入任務中、瞳は常に同僚の男性教諭数名からの、執拗な酷いパワハラ、セクハラ、性暴力を受けていたのだ。
医師は言った。「まあ、男性恐怖症を伴う、不安抑うつ状態に該当するな。まあ、かなり酷い状況なのは確かだ。病院を紹介するよ。紹介状を書くから仕事はしばらく休みたまえ。」
(何が不安抑うつ症だ。と瞳は思った。わたしは連中を絶対に許せない。)
そうなのだ、これが、聖職といわれる教師の偽らざる実態なのだ。
瞳は医師の忠告通り、任務上の仮の仕事である教師は休職扱いにしてもらった。そしてほどなく、教職は退職した。もちろん本来所属する自衛隊では、特殊な扱いをしてもらって変則勤務にしてもらった。
パイロットの資格を維持するためには、定期的な飛行訓練が義務付けられている。これは瞳は絶対に欠かせない。今の瞳には大空を飛ぶことが唯一の救いなのだ。
そして、きょうもいつもの基地近くの喫茶店に来ていた。空港内にあるから、訓練の度に来ることができる。そうでないときは、もう、表に出るのも怖いくらいだった。
この喫茶店、河内のど真ん中に位置する八尾空港。陸上自衛隊の駐屯地があり、消防、警察の航空隊も駐在している。民間と共用するこの空港には、民間エリアに昔ながらの懐かしい喫茶店がある。
瞳はいつもここに来るのが救いだった。
ここのオーナー店主は元航空自衛隊の戦闘機パイロットだ。あの「まるよん」ことロッキードF104Jスターファイター、マクダネルダグラスF4EJファントムⅡを駆って空を駆け巡った勇者だ。
瞳はこのマスターには恐怖感は感じなかった。話をしても、心を許せる、いや当然尊敬の念も強い。そして、守ってもらっているような安心感を感じることができた。
つづく。*これは、小説であり、実在のものとは何ら関係はありません。
(注1.文部科学省ホームページ2022年度版より


