鬱状態

瞳の鬱(うつ)日記

 こんばんわ。瞳です。旅から帰って数日。さっそく例年お決まりのホームシックというか鬱状態。富良野太郎さんの「富良野の桜2022」5月3日の昨日公開のYouTube観たら、声を上げて大泣き状態。ほんの数日前の北海道の空気。恋しくて恋しくて。帰りたくて帰りたくて。本気で資金作ってすぐにでも飛行機とろうかと本気で考える始末。

 帰りたいわ。本当に。今回のこの旅は供養の旅だった。同時にわたしにとっては魂の故郷への旅でもあった。

引っ越しどうなったの

 「瞳・引っ越しを決心しました。」という記事を書きました。あれは全くの本気であって、今も本気。ただ、臨時の中学校勤務が入ってそれどころじゃなくなった。

 それに、あまりにも物が多すぎる。ネコの思い出もどうしよう。という問題も未解決。身動き取れない状態。当時、現実的に考えていたのは、親戚、例えば妹とかをこの家に入れて住んでもらうとか。まあしかし、妹だと近所のカルトDQNジジイたちに狙われてあまりにも危険。なので、男の強い親戚の方に頼もうかと。

 ああ、北海道に移住できたら、どんなにいいだろう。

富良野への行きの車両後部からの眺め。
翌日の帯広行きの車内。ここも夢のような風景

嫁に来ないか

 ふとですね。この言葉というか歌詞なんですが、頭の中にいきなり浮かんで出てきました。昔の昭和の演歌。何という歌かなとか調べたら、新沼謙治さんという方の「嫁に来ないか」というそのままの題名の曲。(作詞:阿久悠、作曲:川口真 1976年)

「♪~嫁に 嫁に来ないか からだ からだひとつで~♪」という何とも・・・・・何と言っていいのか。まるで夢のようなはなし。

 ああ、本当にからだひとつで、わたしなんかを嫁にもらってくれるひと、なんているわけないのだけれど。わたしなんかでいいんなら、そりゃあ喜んで行きますよ。でも、そんなことできたら苦労しないわ。この世の中、この人生。

気になったこと

 いきなりですが、JRに意見。帯広駅でホームにジュース自販機があるんですが、ごみ箱・缶入れが無い。これ一体どいういうこと。コロナ怖いから、わたしホームでコーヒー飲んでたわけ。で、ちょっと缶を置いてチョコ食べようと思ったら、凄い風で缶がホームを転がりだして大変。追いかけて追いかけて、もう少しで線路に落ちる寸前、数センチでようやくキャッチ。

 「ちょっと、空き缶捨てたいんですけど。」と改札でムッとしながら駅員さんに言ったわけ。これ、どうして空き缶入れ置いとかないの。という無言の抗議。駅員さん。待合室にありますからどうぞ。という。

 しかし、この点奈良の大仏商法と同じでとてもよくないことなんですよ。旭川駅も空き缶入れが無いんですけど、ホームにはありました。が、駅構内には無い。

 自販機置くんなら、空き缶入れも置きましょう。そんなの当然でしょう。でないと自販機で買っちゃった人、飲み終わった空き缶を一体どうすればいいんでしょうかね。自販機の横や前に置いてもこれは文句は言えないよ。自販機置いてる者(設置者)の責任なんだから。

 言い分もあるのでしょう。美化のためだとか、テロ対策のためだとか。それだったら、名古屋駅みたいに自販機を構内には置かないとかするべきであって、自販機で缶コーヒーとか買っちゃった人は、空き缶を一体どうすればいいんでしょうかね。わたしみたいに、トイレいくにもどこ行くにもずうっともってあるかなきゃいけないんでしょうかね。

 

 

 

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