作品が帰ってきた

瞳の鬱(うつ)日記

 こんばんわ。瞳です。このところ、過激なことばかり書いています。昨日、弁護士との相談があったんですが、前任校の加害教諭の処分に、懲戒という文言が付くかどうかというのは、つまり、加害者側の罰則内容は原則不開示なのだそうです。

 まあ処分は処分。というニュアンスでした。考えてみれば、結果は同じです。聞くところによると、加害教諭は管理職を目指していたそうですが、懲戒処分でなくてもこの野望はほぼ絶望です。さらに、保護者に知れれば、依願退職もやむなしなわけです。その危険はこの後何年も続くわけで。

 まあ、彼も家族がいるわけだし、何とか首がつながっているならそれでいいか。あちらの家族に罪は無いわけだし、こちらも寝覚めが悪いし。

作品が帰ってきた

 で、本題。例のFACEに出していた作品がようやく帰ってきました。「当たりくじのないくじ引き」をやらされていたのが腹ただしいのですが、まあ、自分の作品に再会できてなんだかほっとします。

汚れると嫌だから、買っても履けないの。

 この絵はF130号の軽量キャンバス。パネルを使わず軽量化に気を使ったのだけれど、それでもやっぱりでかくて、どうしても重くなりました。よくもまあ、破損も無く、無事に長旅を帰ってきてくれたものだ。

 運ぶのもわたし一人じゃとても運べませんでした。玄関までがやっと。こういうのはやっぱり美術専門の運送屋さんに任せるのがいいです。一人でトラックまで運んでいました。凄い。

 上の写真は、F130号の部分。全部載せると未発表じゃなくなるかな。とか。

 このブログの絵画関連の読者の方がたには、最近暗い記事ばかりなので、申し訳なかったです。

 最近はスニーカーばかり描いてます。段ボールアートの儀間朝龍先生の作品にヒントをもらいました。でもパクリではないんですよ。何年か前、中学の美術授業(わたし、いろいろな科目担当しています。)で、スニーカーを作ろうとしたんですが、コロナで途中終了になってしまったときがありました。そのときは、完全立体を作る予定だったんですが、もっと手早く確実に出来ないものかと、美術研究会で発表討議していたんですが、そのときわたし、平面でスニーカーを試作したんですよ。材料は偶然段ボール。そのときは、(これどうかな?使えるかな?)

 で、テレビを観ていたら(当時はまだときどきテレビも観てました。)儀間朝龍先生の作品にタイミングぴったり偶然出会ったわけで、そのクオリティに驚いたんですよ。

 (ああ、やっぱりこれ、教材に使えるわ。)

 で、自分の作品でもやってみたわけです。ただし、わたしの作品制作の場合は、段ボールではなくて、アクリルで描き込んで、クレイアートで表現しています。スニーカーのカラフルさを楽しみたいんですよ。楽しんでるんですよ。スニーカーのデザインって本当に面白い。

 叔父は生前、アンモナイトばかり描いていました。実は、北海道、三笠に行くきっかけとなったのは、三笠市の三笠市立博物館に連れて行ってもらったとき。1mを超す巨大なアンモナイトの化石があります。現物を見たときびっくりしました。

 叔父は、それらを参考に七色に輝く大きなアンモナイトを描いていました。どこかで作品を見かけた方もおられるかもしれません。わたしには、あんなデッサン力は無いので真似できません。

 高円宮妃殿下からお褒めの言葉も賜りまして、まったく勿体なく、恐れ多いことです。

 叔父とわたしを二紀会からハミゴにした例の自称美術作家の元小学校教諭は、その辺も気に入らなかったようです。

 今日は、いつものというか、ちょっとしたネタも含めた記事を書きました。

 

 

 

 

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